| Ⅳ章 低線量放射線の健康影響の疫学的調査 Ⅳ‐８ ラドン曝露による肺がんリスクの疫学的調査 Ⅳ‐８・３ 米国の住居内ラドンによる肺がんリスクの生態学的研究 まえがき 米国環境庁は住居内ラドン濃度が４ｐＣｉ／ｌｉｔｅｒ（＝１４８Ｂｑ／ｍ３）以上の住居はこの濃度以下になるよう改築を勧告する法令の施行を担当した。さらに、住居内ラドン濃度３７Ｂｑ／ｍ3の場合、１００人あたり２人が肺がんで死ぬなどの脅し文句のはいったパンフレット １３）を配布するなどして、反ラドン運動を盛んに奨励した。これがきっかけになって、米同では自宅内のラドン濃度を自主的に測定する傾向が普及した。この結果、全米の大部分の住宅のラドン濃度の値が測定された。したがって、米国内のcounty（日本の郡に相当）別の平均ラドン濃度が大部分のcountyでわかった。こうなると、countyのラドン濃度が増加するとcountyの肺がん死亡率がどのように変化するかを全米にわたって調べることができる。これは、Ⅳ章８節３項でのべた個人のラドン曝露量とその人の肺がん死リスクの関係の調査と違って、county当りの平均ラドン濃度とcountyあたりの平均肺がん死亡率の関係の調査である。すなわち、後者の調査は小数集団の平均肺がん死亡率とその住居地域の住居内ラドン濃度の平均値との関連の調査である。このような調査法を生態学的調査（ecoligical stydy ）という。この方法による調査で、一番広範囲の調査を実行したBernard L.CohenＢの報告（文献１８）をここで紹介する。 米国1600countieにおける肺がん死亡率と平均住居内ラドン濃度の関係１８） B.L.Cohenは、米国内の1601 counties（日本の郡に相当）について、各郡毎の住居内ラドン濃度の平均値を、住民からえた各人の住居のラドン濃度値をもとに求めて、この平均値とそれぞれの郡の平均肺がん死亡率の関係を総括した 18)。図Ⅳ‐１２では、米国の1601郡をラドン濃度の大きさの近い亜群に分割して、それぞれの亜群内の白人男性の肺がん死亡率の平均値とそのまわりの分布幅を縦座標成分で示し、亜群の平均住居内ラドン濃度の値を横座標成分でしめした場合の座標点を図示した。 図Ⅳ‐１２の●印の点は、この点の真下の横軸に記入した数値に等しい数の郡からなる亜群について、各亜群内の郡当たりの肺がん死亡率の数値を小さいほうから順に並べた数値の配列の中央値である。この亜群あたりの肺がん死亡率の数値の配列の全体に４等分の分割点を入れる。この４等分分割の点の数値で一番小さいものを第１四分位数（４分割点の位置の数値のうちで一香小さい数）とよび、第３番目のものを第３四分位数という。第２四分位数は中央値のことである。各亜群内で肺がん死亡率の値はかなり広い分布をするので、この分布内での第１四分位数の値と第３四分位数の値を鎖線でつないで図示した。 図Ⅳ‐１２で、郡当りの平均住居内ラドン濃度が似通った数郡をまとめて亜群とする。各亜群当りの平均肺がん死亡率ｍを求め、各亜群内の各郡の平均住居内ラドン濃度を平均して亜群平均ラドン濃度ｒを求める。ｍを縦軸に、ｒを横軸にとり、ｍとｒの関係を直線で近似すると図Ⅳ‐１２の直線のようになる。  図Ⅳ‐１２米国の１６０１郡の白人男性の肺がん死亡率と平均住居内ラドン濃度の関係１ｓ）。ラドン濃度の類似した郡を亜群にまとめ、亜群あたりの平均ラドン濃度を横座標成分にとり、亜群内の肺がん死亡率の中央値を●でしめす。 この直線はｍがラドン濃度ｒに比例して直線的に滅少することを意味する。 この直線は数式で表すと次式のようになる： ｍ／ｍ。＝１＋Ｂｒ（３） ここでｍ。は住居内ラドン濃度ゼロの場合の年間肺がん死亡率（米国自人男性）で、Ｂは比例定数である。図Ｗ‐１２の場合Ｂ値はつぎのようになる： Ｂ＝０．００２±０．０００２（３ａ） 住居内ラドン濃度が米国の規制限度４ｐＣｉ／ｌｉｔｅｒ＝１４８Ｂｑ／ｍ３の場合、式（３ａ）が正しいなら、１４８Ｂ０．００２×１４８＝０．２９６となる。これは、ラドン濃度１４８Ｂｑ／ｍ３の家で生涯暮すと、ラドン濃度ゼロの家で暮らすより、肺がん死亡率が約３０％滅少する放射線ホルミシス（有益効果）が起こることを意味する。 しかし、ケース・コントロール研究によるデータの総括的分析の結果によれば、表Ⅳ‐１７の総括欄にしめすように、次式がえられている： ｒ＝１５０Ｂｑ／ｍ３の場合：ｍ／ｍo＝1.14（３ｂ） すなわち、ラドン濃度１５０Ｂｑ／ｍ３の家で暮すと肺がん死亡率が１４％増加するという結論である。 同程度のラドン濃度１４８－１５０Ｂｑ／ｍ３の家で暮らしても、生態学的研究によれば、肺がん死亡率は約３０％滅少、ケースコントロール法では、肺がん死亡率は約１４％増加するという矛盾する推定である。 上述の矛盾した推定のどちらが正しいかに関しては、旧東ドイツの高ラドン濃度地帯に住んでいる住民の肺がん発生率の最近の調査結果が、童要な示唆を与える。これに関してつぎに述べる。 |