| Ⅳ章 低線量放射線の健康影響の疫学的調査 Ⅳ‐９ ラドンの治療への利用 はじめに １４） 三朝温泉に入浴すると傷やある種の病気の治療に効くということは数百年も前から知られていた。ヨーロッパでも、中世期のころから特殊の温泉が治療に効くことが知られていた。これらの温泉がラドンを含んでいることが分かったのは２０世紀のはじめである。 現在知られているラドン治療所（治療に対する医学的管理が付属）の所在地は下記の通りである： ドイツのBad Brambach,Bad Kreuznach, Bad Muenster am Stein-Ebernburg,Schlema;オーストリアのBad Gastein,Bad Hofgastein,Bad Zell；フランスのPlombieres；イタリアのIschia，Meran；ウクライナのChmelnk，Deneschi；ロシアのPjatigorsk；日本の三朝。 特殊な治療としては、旧ソ連のラドン温泉治療がある。これは自然ラドンでなくて、ラジウムの溶液からラドンを取り出してそれを広範囲の病気の治療に利用した。治療に訪れた人はたいへんな数であった。こらの治療法は今日では西欧ではラドン治療とは見なされていない。 現在、ドイツとオーストリアでは年間に約７５，０００人がラドン治療を受けている。治療の普通コースは３週間のラドン治療で、治療費は健康保険で支払われる。中には、治療効果があるため、自分の支払いでラドン治療を受ける人が少ないくない。これらの治療効果は、従来は気休め治療として正当な医学的研究の対象にはあまりならなかった。しかし、最近はラドン治療効果に対して医学的研究が始められている。これらの状況の概要を述べる。 Ⅳ‐９・１ バドガシユタインとガシユタインにおけるラドン治療 19) 21) はじめに バドガシュタインはオーストリアのザルツブルグ県のイタリア国境に近い町で、欧州アルプス連峰山麓のガシュタイン渓谷の奥深いところにある。夏は登山、冬は山岳スキーの中心地で、ホテルやペンションなど宿泊施設が多数きちっと整備されている美しい町である。多くのホテルは共通のラドン温泉源から湧き出る５００万リットルの温泉を引いて、ラドン温泉プール、ラドン温泉浴治療施設を設備している。この町の近くにあるタウエル山は、１９世紀まで長い間金や銀の採掘が行われたあと、廃坑となっていた。１９４０年になってドイツはこの鉱山の再採掘を試みて失敗した。ところが再採掘中に、坑道の１８００ｍはいったところに高温多湿の場所が発見されて、ここで働いた鉱夫の腰痛や関節リュウマチが治ることが発見された。戦後、この場所はラドン濃度が非常に高いことが判明して、治癒効果との関連についての医学的研究が開始された。 ガシュタイン療養トンネルにおけるラドン治療 １９５０年代にはいってから、インスプルック大学医学部とザルツブルグ大学理学部の協力活動によって、ガシュタインの坑道のラドンは非常に高い濃度であることがわかり、治療も医師が管理する近代的治療法に改善された。この療養トンネルでのラドン治療で有効性が臨床医学的に確認された病気の種類は下記の通りである。 ●強直性脊椎関節炎（背骨を支えている筋肉の両側に骨と筋肉をつないでいる靭帯があるが、この靭帯が炎症を起こし、その炎症部分の骨に増殖性変化が起こり、脊椎の骨部分が癒着して、脊椎の柔軟性が滅って、竹のように硬くなり、激しく痛む病気）。●リュウマチ性慢性多発性関節炎（身体のあちこちの関節に炎症が起こり、痛みや発熱が起こり、動きにくくなる病気）。●変形性関節炎（骨と骨の隙間が狭くなったり、なくなったり、骨そのものも硬化して、さらに関節の柔らかい組織に増殖が起こり、ついに関節が変形して動かなくなる病気）。●喘息。●アトビー性皮膚炎。 毎年、約１万人の患者が欧州中からラドン治療のためラドン療養トンネルを訪れている。ラドン浴の条件は下記の通りである。 ●ラドン濃度：約１７０，０００Ｂｑ／ｍ３ ●温度：３７－４１．５℃ ●湿度：７０－９５％ ●標高：１８８８－２２３８ｍ 普通の治療は、１週に２－３回のトンネル治療を２－３週間続ける。療養トンネル内で治療を受けるためには、トロッコで約２．５ｋｍ奥にある治療ステーションに到着して、約１時間ベッドにねることでラドン浴を受ける。ラドンサウナ浴のあとは、１－２時間の体息が必要である。治療１コースでは、ラドンサウナ浴を週に２－３回ずつ、２－３週間続ける。 ラドン治療の主要効果は痛みを和らげてくれることである。各種の関節炎にかかったときの痛みはほんとうにつらい。それがラドン浴で劇的になおるとなれば、多くの患者がラドン療養所を訪れるのは当然である。ラドンが実際に痛みをどのようにとめるのか知るため、つぎのような臨床実験が行われた。 頚部痛や頸堆変形の患者を２群にわけた。ラドン療養群は、ラドン濃度が３０００Ｂｑ／リットルの３７℃温水に入浴し、対照群はラドンなしの３７℃温氷に入浴した。入浴は毎週３回ずつ、３週問継続した。実験結呆は、図Ⅳ‐１４に示す。 この図によって、温水はラドンなしでも、入浴によって痛みを和らげる効呆があるが、入浴を停止すると、痛みどめ効果はすぐ減少するが、ラドン温水に入浴した場合は痛みどめ効果は入浴停止後も漸増し４ケ月も続くことがわかる。この実験結果は、実際のラドン浴治療の効果と一致している。 喘息患者に対する臨床試験でも、療養トンネルでの治療を受けた患者では呼気流量が有意に改善されているという結果がえられている。  図Ⅳ‐１４頸堆炎患者のラドン温水入浴効果の臨床実験の結果 21) ラドン治療の有効率の調査２２） ラドン治療は全ての患者に有効というものではない。各種の患者でラドン治療をうけた３０００人について調査がされたところ、つぎのような結果がえられた。 （ｌ）病気が大きく改善した人は５４％；治療効果が３－９月継続した人が３９％。 （２）やや治療効果があった人は２４％。（３）治療は無効であった人が２２％。 この治療成績は、サウナとの併用により、ラドンが自律神経系、循環組織、組織内老廃物の排泄系、ホルモン生産系、特に下垂体-副腎皮質系に到達して、これらを刺激するためと考えられている。 むすび ラドン浴が関節炎などの治療に有効である。ドイツとオーストリアで毎年７万５千人もラドン治療を受けている。臨床試験でも有効性は確認されている。しかし、治癒のメカニズムは解明されていない。また、患者の全てにラドン浴は効くものではない。しかし、関節炎の痛みが治った人には、ラドン治療は最高にありがたい。喜びの様子を伝える記録があるのでつぎに紹介する。 |