| HIMACからの展開 放射線医学総合研究所 曽我文宣 |
はじめに 放医研では、重粒子線加速器ＨｌＭＡＣ（Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba）からの炭素線ピームを用いて、がん治療の臨床試験を１９９４年６月から実施し、今年で１０年を既に経過した。２００３年度末の３月までに約１８００人の患者を治療した。現在、年間約３５０人を対象とするペースで治療を継続している。 １．がんと診断された時 日本人の死亡率の原因の中で、ガンによるものは全体の約３分の１を占め、２、３番日の心臓病、脳疾患を大きく上回っている。年間のガン患者発症数は約５０万人、死亡者は約３０万人で、ガン克服は国民の健康にとって最大の目標といってよい。がんは今や昔のように必ずしも不治の病ではないのだが、一且ガンと診断されると、患者および家族は深刻な状況に陥る。ガン治療の一般的療法は、患部の摘出除去による手術、抗ガン剤の投与、そして放射線照射というのが３大療法である。放射線療法による対処の比率は、目本では今のところ約２５％で欧米の比率の半分であるが、機能の温存、副作用の軽減において、前２者に対してより優れた特徴を有している。最近は単独ではなく、この３者の間での併用療法が行われることも多くなっている。 ２．ＨｌＭｌＡＣの建設 放射線治療というと、古くからはコバルト等のラジオアイソトーブからのガンマ線、電子線形加速器（ライナック）からのＸ線を指していた。現在、コバルト装置は減ってきて国内で十数台であるが、商用化された医療用電子加速器（長さ２，３ｍ）は約７００台という数で、Ｘ線治療が放射線治療の大半をなしている。これらの光と類似の電磁波放射線に対して、加速器によって加速された重い粒子線（陽子及び炭素など）を直接、悪性腫瘍であるガン患部に照射しガン細胞を殲滅するという治療法が進んできた。この粒子線治療の特徴は、患部に吸収される放射線線量の局所集中性が圧倒的に良いこと、さらに炭素などは、同じ物理的線量を与えてもＸ線等に比べて生物学的効果が数倍高いという点にある。日本では、陽子線の本格的治療は１９８３年から筑波大学で行われ、２０００年までに７００人を治療した。炭素線治療は「第１次対ガン戦略」の中で立案、放射線医学総合研究所（以下、放医研）で建設されたＨｌＭＡＣ（Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba ）を用いて１９９４年から開始され今年１０周年を迎えた。  ３．粒子線治療 粒子線治療専用加速器として建設され運用されている施設は外国ではアメリカにおける２台の陽子線施設のみで、これに比し日本は治療専用加速器が５ケ所、産業技術との併用が１カ所と計６ケ所存在し、そのうち放射線医学総合研究所は現在のところ炭素線、兵庫県立粒子線医療センターも炭素線治療が可能だが現在は主として陽子線、他の４ケ所は陽子線治療を行っている。アメリカ・テキサスで陽子線施設、ドイツ・ハイデルベルグで炭素線治療施設の建設が開始され、イタリアも予算がスタートしたようだが、治療開始はそれぞれ今から数カ年後になると思われる。 粒子線治療の対象は、白血病、悪性リンパ腫などの循環器系の全身に亘るガンおよび胃ガンのような消化器系疾患を除く局所的ガンのほぼ全てに亙る。即ち、鼻腔ガン、耳下腺ガンのような頭頚部ガン、脳腫瘍、肺、肝臓、子官、前立腺、骨軟部ガンなどである。身体の深部に存在するガンに粒子線を到達可能にするためには、そのエネルギーが陽子線なら２３０ＭｅＶ、炭素線なら核子あたり４００ＭｅＶが必要である為、かなり大型の加速器施設が必要になっている。 ４.今後の普及 現在我々が最も力を入れているのが、数百ＭｅＶの高エネルギー加速器を便用する粒子線治療施設の全国への展開である。治療成績が従来のＸ線照射に比べて著しく良好であること、特に炭素線治療は骨軟部ガンのような他では治療不可能である対象に対しても優秀な結果を招来していること、従来のＸ線治療では３０回の分割照射が標準であるのに対し、肝臓ガンでは２回照射、肺ガンでは１回照射というような短期間治療が可能になっていることなど、患者にとって数々の朗報が獲得されている。このような実績に基づいて昨年の１０月に厚生労働省から放医研の重粒子線治療に対し、高度先進治療の認定がなされた。 我々としては、次に取り組むこととして、このような治療施設を全国的に設置し、ゆくゆくは国民に対する一般健康保険の適用も可能にすることを強く望んでいる。その為には、現在存在する放医研や兵庫県の施設に比べて、病院付帯施設になるような大幅な小型化が必要である。放医研では、この実現の為、イオン源、線形加速器、シンクロトロン等の加速器の小型化、照射装置の最適化の設計、治療計画システムの開発を進めている。また医用原子力技術研究振興財団でも、この分野で積極的な複数の民問の加速器製作会社の人達と協力して「普及型粒子線がん治療装置」の検討を継続的に実施している。その設計例が下図に示されているが現在のところ、床面積および必要建設費概算で共にＨｌＭＡＣの約１／３〜１／４の設計が可能と見積もられている。   また、これと同時に重要な間題はこれらを有効に利用するための人材の育成である。医師、放射線技師、医学物理士、加速器運転員等、将来全国的に施設が拡がるとすれば、相当の人数の、職員となるべきこれらの人々が準備されなければならない。これらは多くの場合、治療施設の現場経験、訓練によって初めて実践的な養成が可能になるので、現存の粒子線治療施設が大部分これらの人達の教育を受け持つことになるだろう。 以上の両者を満たすことによって、近未来に目本の各地で国民が一様に、高度の粒子線治療によって、治療後の豊かなＱ０Ｌ（Quality of Life）を享受できるようになることを目指したい。  安全安心科学アカデミートップページへ保物セミナー情報へ |